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2025年はポイントスケールが変更され、最終戦までチャンピオンシップ争いが白熱した。その激闘を制し、チャンピオンに輝いたライダーたちはどんな想いで今シーズンを戦ってきたのか。チャンピオンインタビュー第4弾では、レディースクラスで5度目のチャンピオンに輝いた#1川井麻央(T.E.SPORT/ホンダ CRF150RⅡ)が乗り越えた1年を振り返る
今年のレディースクラスは、#1川井麻央(T.E.SPORT/ホンダ CRF150RⅡ)が全7戦中6勝を飾り、自身5度目のタイトル獲得を果たした。一方で、#6箕浦未夢(TEAM ITOMO/ホンダ CRF150RⅡ)や#8穗苅愛香(TOMOレーシング&美蔵withCONNECT/ヤマハ YZ85LW)、#12大久保梨子(KTM TOKAI RACING with ゆめチャンネル&331/KTM 85SX)、#10松木紗子(Yogibo PIRELLI MOUNTAINRIDERS/カワサキ KX85)ら若手の勢いも凄まじく、表彰台争いは拮抗する場面も多く見られたが、6勝という結果残した川井はまさに一強で、クラス内でも他を寄せ付けない存在である。
しかし、今シーズンを思い返した川井は「最後まで走りきれたことは奇跡だった」と振り返る。恩師との別れ、シーズン後半で負った怪我……、苦しみが多かったという一年を川井はどう乗り越えてきたのだろうか。
満身創痍で戦い続けた2025年
JMX Promotion:今年のシーズンを振り返って、率直にどんな一年でしたか。
川井:一言で表すのは難しい年でした。チャンピオン争いについては極端に競り合っている感覚はなかったので、そこに対する難しさはあまり感じていませんでした。ただ、それ以外の環境面、特に東福寺さんのこと(※1)が大きくて。モトクロスはメンタルの比重が大きい競技なので、「いつも通り」に持っていくのが難しい場面も多かったです。あらためて、チャンピオンを獲るのは簡単じゃないと感じました。
※1:全日本モトクロス選手権のレジェンドであり、川井選手が所属するチームT.E.SPORTの監督を務めた東福寺保雄氏が6月8日に逝去
JMX Promotion:シーズン序盤は東福寺さんと連絡を取り合っていたとか。
川井:開幕前の事前走行の頃にはすでに入院されていて、しばらく会えない状況が続いていました。病院も面会NGだったので、当時は電話で話すことが多かったです。開幕戦後にも電話で「勝ちました」と報告して、その後もレースの結果など連絡は取り合っていました。亡くなったのは第4戦の1週間前でした。生前に「自分がいなくなってもレースやチームは続けてほしい」とおっしゃっていて、その言葉があったので第4戦に出ないという選択肢はチーム全員、誰にもなかったと思います。
JMX Promotion:第4戦は精神的にも大きな局面だったのではないでしょうか。
川井:そうですね。気持ちの切り替えが全然できなくて、スタートのゲートに入る直前まで涙が止まりませんでした。また、天候の影響で練習走行と決勝での路面状況が大きく変わって、バイクのセットがまったく合いませんでした。
メカニックやスタッフのみんなでセッティングを詰めてくれて、ようやく戦える状態になって挑みましたが、東福寺さんがいたら一発で決めてくれたんだろうなとも思ってしまいました。本当に苦しかったです。
JMX Promotion:その状況の中でも勝利をつかみました。どのように受け止めていますか。
川井:コース自体も難しくて、実は序盤でジャンプを飛びすぎて着地で大きく転倒しそうになった場面がありました。飛んてすぐに飛びすぎたことに気付いたのですがもうどうにもできなくて、着地までの一瞬で「もう耐えるしかない」と覚悟を決めました。なんとか耐えてそのまま走り切ることができたんですが、あの瞬間は自分でもなんで耐えられたのかわからなくて、東福寺さんに支えてもらったような感覚でした。難しいコースと精神状態の中で勝てたのは、自分にとっても大きな意味があって、「どんなことが起きても自分は戦える」と思えるようになりました。あのレースが、今シーズン一番のターニングポイントだったと思います。
JMX Promotion: そこからインターバルに入って、第5戦はどんな気持ちで迎えたのでしょうか?
川井: インターバル期間は8月くらいから本格的に練習を再開しました。名阪スポーツランド(以下:名阪)は全日本モトクロス選手権が行われるコースで唯一勝てていない場所だったので、コースに通って乗り込みました。ただ、練習していても「これなら勝てる」という感覚はなかなか掴めなくて、良い日も悪い日もあり大会前は不安もありました。
JMX Promotion: かなり気合いが入っていたんですね。ただ、大会前には怪我をされたとか……。
川井:…
2025年はポイントスケールが変更され、最終戦までチャンピオンシップ争いが白熱した。その激闘を制し、チャンピオンに輝いたライダーたちはどんな想いで今シーズンを戦ってきたのか。チャンピオンインタビュー第3弾では、IB OPENクラスのタイトル争いを制した#14笹谷野亜 (TKM motor sports いわて/ホンダ CRF250R)に今シーズンを振り返ってもらった
IA昇格をかけて競い合うIB OPENクラス。2025年を振り返ると、8人の優勝者が生まれる激闘の年だった。さらに今年からIA昇格枠が「上位10位以内」から「上位5位以内」に変更されたことで、トップ争いは熾烈を極めた。
そんな中、見事チャンピオンを獲得したのが青森県出身、高校3年生の#14笹谷野亜(TKM motor sports いわて/ホンダ CRF250R)だ。シーズンを通して勝利数は1回と少ないものの、常に上位に入る安定感と勝負強さを発揮し、ランキング2位の#2島袋樹巳との僅か2ポイント差のチャンピオン争いを制した。
今シーズン、どんな想いを持って挑んだのか。チャンピオン獲得後に「プロとして走りたいと思うようになった」「人生計画が変わった」と語る笹谷の、これまでとこれからに迫る。
モトクロスを始めたきっかけ
JMX Promotion:チャンピオン獲得おめでとうございます。今シーズンを振り返る前に、まず笹谷選手がどんなライダーなのか深堀りしたいと思います。そもそもモトクロスを始めたきっかけは何ですか?
笹谷野亜(以下:笹谷):モトクロスを始めたきっかけは、僕の父ですね。バイクが好きで、昔モトクロスをやっていたらしく、僕をモトクロスバイクに乗せてくれたのが始まりです。
JMX Promotion:何歳から乗り始めたんですか?
笹谷:5歳ぐらいからです。いきなり「バイク乗ってみる?」という感じで始まりました。初めて乗ったのは河川敷で、記憶は曖昧ですが、最初の頃はずっとその辺でバイクに乗っていました。
JMX Promotion:その後、レースにも出場するようになったのですか?
笹谷:はい。そろそろコースデビューしようということで、近くのモトクロスコースに行くようになって、乗り始めて半年後ぐらいに初めてレースに出ました。自信満々で挑んだんですけど、当日が雨で。その時のことを自分は覚えていないんですけど、スタート直後に転んで、もう乗れない!ってバイクから降りて逃げていったらしいです(笑)。この話は今でも地元の知り合いとかに言われます。
JMX Promotion:地元は東北地方でしたよね。
笹谷:はい、青森県の八戸です。最初のレースは逃げて終わりましたが、そこで嫌になることはなく、その後も乗り続けていました。県内のシリーズ戦だったり、全道や東北選手権に出て、現在は全日本に挑戦しているという流れです。
JMX Promotion:インタビューをするにあたって笹谷選手のレースを振り返ったところ、実は2023年にD.I.D全日本モトクロス選手権第5戦と併催された全道モトクロス選手権第4戦千歳大会で、笹谷選手の走りを取材していました。当時はNAクラスで総合優勝をしていましたね。
笹谷:そうですね。その年はNAクラス2年目の時ですね。その後昇格して、今年でIB OPENクラス2年目です。
(併催)全道モトクロス選手権第4戦 千歳大会レポート
怪我明けで迎えた2年目
JMX Promotion:笹谷選手はIB…
2025年はポイントスケールが変更され、最終戦までチャンピオンシップ争いが白熱した。その激闘を制し、チャンピオンに輝いたライダーたちはどんな想いで今シーズンを戦ってきたのだろうか。チャンピオンインタビュー第2弾では、IA2クラスで2連覇を達成した #1中島漱也(YAMAHA BLU CRU RACING TEAM TAKA/ヤマハ YZ250F)が、1年を通して感じた成長と想いを語る
2025年のIA2クラスを振り返ると、2024年王者の中島漱也がディフェンディングチャンピオンとして出場、強豪・ブライアン・シューとともにトップ争いを繰り広げたシーズンだった。また、#4田中淳也(YAMAHA BLU CRU RACING TEAM YSP浜松/ヤマハ YZ250F)と#14吉田琉雲(Bells Racing/ホンダ CRF250R)が台頭し、それぞれが自身初優勝を獲得するなど、シーズンを通して実力を伸ばし、結果に繋げるライダーが多く見られた。
そんな中、クラス内最多の優勝回数で2連覇を達成したのが中島だ。ディフェンディングチャンピオンとして戦い抜いたこの1年間は、順調なように見えて、プレッシャーとの戦いであった。一方、開幕前にはニュージーランドで、インターバル期間にはアメリカでトレーニングを積み、ついにはモトクロスの国別対抗戦「モトクロス・オブ・ネイションズ(MXoN)」の日本代表に初めて選抜されるなど、海外経験も一気に増えた。
着実に成長を続ける中島は、この一年どのような想いを持ってレースに挑んだのか。2連覇の先に見据えるものは何か。
あえて選んだIA2クラス、チャンピオン防衛のプレッシャー
JMX Promotion:改めて、2連覇おめでとうございます。まずお聞きしたいのですが、IA2クラスでチャンピオンを獲得したライダーは翌年IA1クラスにステップアップする流れが多い中、今年もIA2クラスで走ろうと決めたきっかけは何ですか?
中島漱也(以下:中島):世界を見ると自分よりも速いライダーがたくさんいて、250ccでも自分はまだ世界で通用するレベルじゃないというのはわかっていました。これは自分の感覚なのですが、250ccに乗って速い人は450ccに乗っても速いというイメージがあって。逆に言うと、450ccから急に世界で活躍できるライダーになる道があまり想像できていませんでした。このまま450ccにマシンを乗り換えてしまったら、自分のライダーとしてのレベルが決まっちゃいそうな気がしたので、250ccでもっと成長したいと思い、IA2クラスへの参戦を決めました。
JMX Promotion:250でまだまだ成長できるという強い想いがあったんですね。2025年シーズンを振り返ってみて、率直にどんな一年でしたか?
中島:総合的に見たらすごく良いシーズンでしたし、自分の目標に近い結果が残せたのかなと思っています。”1番”のゼッケンをつけて走るシーズン、絶対にチャンピオンを獲らなきゃいけないというプレッシャーの中でまず2連覇できたのは、嬉しいですしホッとしました。
JMX Promotion:プレッシャーを乗り越えてちゃんと結果を残す強さはさすがです。具体的にどんな目標を掲げていたのですか?
中島:「一戦一戦成長する」ということを自分の目標としていました。振り返ってみるとそれも実感することができた1年でした。
JMX Promotion:ディフェンディングチャンピオンとしてのプレッシャーもかなり大きかったですよね。
中島:そうですね。これまで経験してきたものとはまた違うプレッシャーを感じました。今までは自分より速いライダーがいて、そこにチャレンジしていくという構図だったのが、今年は自分が立場を守らないといけなかったので、今までで一番チャンピオンを意識してしまいました。
JMX Promotion:守りの意識が強くなっていたのでしょうか。
中島:今年からポイントスケールが変更になったことで、今までよりもレースで大きいミスができなくなっていて、1ヒート落としただけでもすぐに差が縮まってしまう。そういう面でも、特に最初はすごく守りに入りがちでしたし、マイナスなことをイメージしてしまう時間は去年よりも多かったです。
JMX Promotion:なるほど。そんな中でも第2戦から連勝を重ねて、レースでの走りを見ると勢いに乗っているように見えました。…
News 2025.12.17
下田丈、日本プロスポーツ大賞「敢闘賞」を受賞
12月17日、第55回日本プロスポーツ大賞授賞式が開催され、2025年AMAスーパーモトクロス選手権250クラスで日本人として初めてシリーズチャンピオンに輝いた下田丈選手が敢闘賞を受賞しました。
日本プロスポーツ大賞は、公益財団法人日本プロスポーツ協会が主催し、各プロスポーツ競技において顕著な活躍を見せた選手や関係者を表彰するものです。長い歴史を持つこの賞では、近年モータースポーツ・モーターサイクルスポーツ分野からの受賞も増えており、2024年度の表彰ではモータースポーツ界から5名が選出され、敢闘賞においてはスーパーフォーミュラおよびスーパーGT(GT500クラス)チャンピオンの坪井翔選手が受賞しました。
式典では、2025年度の敢闘賞の受賞者が紹介され、モータースポーツ・モーターサイクルスポーツ分野からはAMAスーパーモトクロス選手権でチャンピオンを獲得した下田丈選手と、日本人唯一のフォーミュラ1(F1)ドライバーとして活躍を続けた角田裕毅選手が選ばれました。
下田選手は、新体操日本代表のフェアリージャパンや女子プロゴルファーの岩井明愛・岩井千怜選手らとともに登壇し、賞状とトロフィーを受け取りました。
下田丈選手コメント
「敢闘賞を獲得できてとても光栄です。僕の目指すところとしては、AMAでタイトルを獲ることと、どれだけ日本にモータースポーツを広げられるかということです。今回の受賞をきっかけに、日本でモトクロスの認知度が高まれば嬉しいですし、目標に向けて結果を残していきたいです。
練習中に怪我をしてしまい、現在は回復に向けて過ごしています。ここまで大きな転倒は久しぶりだったので、色々考えさせられましたし、焦らず、慎重に取り組んでいきたいと思います。
この賞を受賞できたのは、応援してくれている方々をはじめ、チームや家族などたくさんのサポートがあったからだと思います。この場を借りて感謝を伝えたいです」
世界最高峰のモトクロスシーンで歴史的快挙を成し遂げた下田選手の受賞は、日本モトクロス界にとっても大きな意義を持つものとなりました。
なお、今回の日本プロスポーツ大賞には、MLB ワールドシリーズ制覇に貢献したドジャースの山本由伸選手が選出され、内閣総理大臣杯が授与されました。
Topics 2025.12.15
4年間の成長が実を結ぶ。大倉由揮が語るIA1タイトル獲得までの道のり
2025年はポイントスケールが変更され、最終戦までチャンピオンシップ争いが白熱した。その激闘を制し、チャンピオンに輝いたライダーたちはどんな想いで今シーズンを戦ってきたのか。チャンピオンインタビュー第1弾では、IA1クラスで初めてチャンピオンに輝いた#4大倉由揮(Honda Dream Racing Bells/ホンダ CRF450R)に、タイトル獲得までの道のりを振り返ってもらった
2025年、IA1クラスでは、ディフェンディングチャンピオンの#1ジェイ・ウィルソン(YAMAHA FACTORY RACING TEAM/ヤマハ YZ450FM)が圧倒的な勝利数を誇り、誰しも彼がこのままチャンピオンになると考えていた。しかし、ウィルソンは最終戦ヒート1の負傷により無念のリタイア。ランキング2位につけていた大倉由揮が逆転を果たし、初のチャンピオンを獲得する怒涛の展開となった。
大倉は今年でIA1クラス4年目。2022年にチームを移籍し、ホンダの450ccマシンに乗り換えてIA1デビューしている。初年度こそ苦戦したものの、2023年はランキング2位を獲得。2024年に自身初優勝を飾り、2025年には第4戦と第6戦の合計2勝を収めた。また、2024年からは海外トレーニングやヨーロッパで開催されるレースへの参戦、2022年から3回連続となるモトクロス・オブ・ネイションズへの出場など、多くの海外経験を積んできた。
最終戦のヒート1で見えたチャンピオンの可能性、ウィルソンを倒すという強い意志。大倉はチャンピオン決定の瞬間までどんな想いを持って戦い抜いたのだろうか。
苦悩と経験を糧に成長を続けた4年間
JMX Promotion:2025年シーズンお疲れ様でした、そしてチャンピオン獲得おめでとうございます! 大倉選手は2022年にホンダに乗り換えてIA1クラスにステップアップ。4年目の今回初めてのチャンピオンとなりましたが、これまでを振り返ってみていかがでしょうか。
大倉:そうですね、毎年毎年、自分の成長を感じてきた4年間でした。
JMX Promotion:最終戦でのチャンピオンインタビューでは、IAクラスに昇格したての頃は苦戦していた、というお話もされていましたが、1年目は自身にとってどんなシーズンでしたか?
大倉:当時は大城選手(大城魁之輔:2025年IA1ランキング3位)がチームメイトでした。彼がIA1デビューイヤーから絶好調で表彰台獲得や初優勝をしている一方、自分は何回か表彰台は登れましたが、それ以外は結果のばらつきが大きくて、入賞するのも難しいぐらいのレースも多々ありました。チームを移籍して、ホンダの450ccマシンに乗り換えて、1年目でしっかり結果を残したいという気持ちがかなり強いのに結果を残せなくて……、すごくプレッシャーを感じていました。
JMX Promotion:苦しいですね……。 ただ、そんな中でもシリーズランキング6位で1年目は終えています。
大倉:はい。それでも、メンタルも技術も、色んなことがうまく噛み合ってなかったと思います。
JMX Promotion:IA1クラス2年目になると、コンスタントに表彰台や上位に入るようになって、ランキングも2位で終えています。1年目と比べるとかなり安定感が出たように見えますが、何かきっかけがあったのでしょうか?
大倉:1年目はチーム環境もマシンも変わったので、新しい環境に慣れていなかった部分も大きかったです。2年目に入ってマシンにもようやく慣れて、乗れるようになっていったというのはあると思います。
JMX Promotion:1年目特有のプレッシャーだったり、環境への慣れだったり、メンタル面に響いていたものが大きかったんですね。
大倉:そうですね。2年目はマシンと環境への慣れと、1年目の反省がだいぶ生かされたと思います。2年目はもう言い訳はできない、しっかり結果を残していかないとダメなシーズンという思いは常にありました。せっかくプロとして走れるチャンスを手にして、やっとスタートラインに並べたのに、ここで掴んだチャンス手放したくないという気持ちが一番強かったです。
JMX Promotion:1年目よりも強い意志を持って走っていたのですね。
大倉:正直1年目は、ホンダのライダーとして僕を選んでもらったのに結果も残せず、こんな俺が走ってていいのかみたいな、すごくマイナス思考に陥ってしまってました。
JMX…
News 2025.12.11
希望ゼッケン制度を2026年から採用
2026年シーズンより、D.I.D 全日本モトクロス選手権にて希望ゼッケン制度を採用することが決定しました。
全日本モトクロス選手権では、2021年から「速いライダーを一目でわかるようにし、新規ファンの獲得につなげる」ことを目的に、前年のシリーズランキング順にゼッケン番号が決まる”指定ゼッケン制度”を採用してきました。しかし、近年ファンがライダーを応援する理由が勝敗だけではなく、ライダー自身の価値観や人柄などへと広がっていることを受け、希望ゼッケン制度を復活。ライダーが自分の好きな番号を選べる方式を採用することで、ゼッケンを“その人らしさを表すアイコン”としても使用できます。
また、IA1・IA2・レディースの各クラスで前年チャンピオン1名のみが赤ゼッケンをつける対象となります。これにより各クラスで誰がチャンピオンかゼッケンで見分けやすくなります。
なお、希望ゼッケン制度の詳細なルールや申請方法については、以下のMFJ公式ウェブサイトをご確認ください。
◾️プレスリリース https://www.mfj.or.jp/2025/12/11/75843/
News 2025.12.04
2026年モトクロス全国大会HSR九州大会の日程が変更に
12月2日に発表された2026年モトクロス全国大会HSR九州の開催日程が変更されました。日程は以下の通りです。
◼︎変更前:11月15日 ◼︎変更後:11月8日
モトクロス全国大会は、全日本の舞台を目指す若手ライダーの登竜門。各地方選手権のチャンピオンをかけて競い合うナショナル(NA)・ノービス(NB)・ジュニアクロス(JX)のライダーが集結し、日本一を決定します。普段は競うことのない地方のライダーとレースできることはもちろん、総合優勝者にはライセンス2階級特進をする権利が与えられるため、昇格を目指すライダーにとって重要な大会です。
2026年は熊本県のHSR九州と、埼玉県のオフロードヴィレッジで開催予定。オフロードヴィレッジ大会の日程は調整中のため、今後改めて情報を配信いたします。
2025年全国大会レポートはこちら
https://www.mfj.or.jp/2025/10/29/74907/
https://www.mfj.or.jp/2025/12/02/75579/
9月に発表していた2026年D.I.D全日本モトクロス選手権シリーズの暫定スケジュールを一部変更・更新しました。
2026年のD.I.D全日本モトクロス選手権シリーズは全9戦開催予定。9月の時点で調整中とされていた開幕戦の会場は、初開催となる三重県のいなべモータースポーツランドに決定。開催クラスはIA1/IA2/レディースの3つが行われる予定です。日程は2026年3月15日。2025年よりも1ヶ月ほど早いシーズンスタートとなります。また、第2・3・8戦の日程が変更。併せて、全国大会の開催日程や会場も公開しています。
あと3ヶ月で幕を開ける2026年シーズン。優勝をかけて競い合うライダーたちの走りを楽しみに、今から予定を押さえておきましょう!
Report 2025.11.04
大倉が初のIA1チャンピオンに。最後まで何が起こるかわからない波乱の最終戦【D.I.D全日本モトクロス選手権シリーズ 2025 第7戦 第63回 MFJ-GP モトクロス大会】
11月1〜2日、D.I.D 全日本モトクロス選手権シリーズ2025はついに最終戦を迎えた。全クラスのチャンピオン決定がかかった今大会。誰がタイトルを手にするのか、各ヒートレースの行方に注目が集まった。また、IAクラスには2025年FIMモトクロス世界選手権MXGPクラスチャンピオンのロマン・フェーブルをはじめ、海外ライダー4名がスポット参戦。世界で活躍するライダーたちの走りを一目見ようと多くの観客が集まり、熱気に包まれた。
会場は宮城県にあるスポーツランドSUGO。前日の夜から朝にかけて降った雨の影響により、土曜日はヨーロピアンセクションや大坂をカットしたショートカットコースが設定され、各クラスの予選とIB OPENクラス・ジュニアクロスの決勝レースが行われた。日曜日には路面状況は回復し、ベストコンディションとなった。
日時:2025年11月1〜2日 会場:スポーツランドSUGO(宮城県) 天候:雨のち晴れ/晴れ 観客動員数:3700名
IA1
世界王者ロマン・フェーブルが完全勝利。大倉由揮が逆転で初のIA1チャンピオンに輝く
IA1クラスには、MXGP世界チャンピオンの#3ロマン・フェーブル(Team Kawasaki R&D/カワサキ KX450SR)、#118バレリオ・ラタ(HONDA HRC/ホンダ CRF450R)、#47ジラッジ・ワナラック(Honda Racing Thailand Team/ホンダ CRF450R)がスポット参戦。また、ランキング首位の#1ジェイ・ウィルソン(YAMAHA FACTORY RACING TEAM/ヤマハ YZ450FM)は、このヒートでタイトル決定の可能性があり、レースの行方に多くの注目が集まった。
ヒート1、フェーブルがホールショットを決めレースをリード。序盤で後方との差を開き、独走状態を築く。2番手にはラタが続き、3番手に#8 大城魁之輔(YAMAHA BLU CRU RACING TEAM YSP浜松/ヤマハ YZ450F)、4番手に#4大倉由揮(Honda Dream Racing Bells/ホンダ CRF450R)。ウィルソンは6番手あたりから追い上げる展開となったが、すぐに3番手にまで順位を上げ、トップ2人を追いかける。レース時間が9分を過ぎる頃、ウィルソンがヨーロピアンセクションで転倒。これにより負傷したウィルソンは、ピットへ入ると、そのままリタイアを余儀なくされた。結果、トップのフェーブルは2分01秒台を刻むペースで走行し、後方と20秒近い差をつけてトップチェッカー。2位にラタ、3位には順位を上げた大城が入賞した。
なお、ウィルソンがヒート1をノーポイントで終えたことにより、8位でゴールした大倉がウィルソンとのポイント差を一気に10ptにまで縮める結果となった。その後、ウィルソンは負傷によりヒート2の欠場を決めたため、大倉は23位以内に入れば逆転でチャンピオンを獲得、また大倉の順位によってはランキング3位の大城にもチャンスが巡ってくるという状況でレースを迎えた。
ヒート2でもフェーブルがホールショットから圧倒的な速さでトップを快走。2番手にラタ、3番手に大城、4番手に大倉が続く。レース中盤には追い上げてきた#37 西條悠人(Kawasaki…
D.I.D 全日本モトクロス選手権シリーズ 2025 開催日程
| Rd. | 大会名 | 日程 | 開催クラス | 会場 |
|---|---|---|---|---|
| 第1戦 | HSR九州大会 | 04/13 | IA1 / IA2 / IBOPEN / LMX | HSR九州(熊本) |
| 第2戦 | SUGO大会 | 04/26~04/27 | IA1 / IA2 / IBOPEN / LMX | スポーツランドSUGO(宮城) |
| 第3戦 | 21Groupカップ | 05/17~05/18 | IA1 / IA2 / IBOPEN / LMX | オフロードヴィレッジ(埼玉) |
| 第4戦 | 中国大会 | 06/14~06/15 | IA1 / IA2 / IBOPEN / LMX | 世羅グリーンパーク弘楽園(広島) |
| 第5戦 | 近畿大会 | 09/20~09/21 | IA1 / IA2 / IBOPEN / LMX | 名阪スポーツランド(奈良) |
| 第6戦 | 21Group カップ 東福寺保雄記念 | 10/18~10/19 | IA1 / IA2 / IBOPEN / LMX | オフロードヴィレッジ(埼玉) |
| 第7戦 | 第63回 MFJ-GP モトクロス大会 | 11/01~11/02 | IA1 / IA2 / IBOPEN / LMX | スポーツランドSUGO(宮城) |
