2025年はポイントスケールが変更され、最終戦までチャンピオンシップ争いが白熱した。その激闘を制し、チャンピオンに輝いたライダーたちはどんな想いで今シーズンを戦ってきたのか。チャンピオンインタビュー第4弾では、レディースクラスで5度目のチャンピオンに輝いた#1川井麻央(T.E.SPORT/ホンダ CRF150RⅡ)が乗り越えた1年を振り返る
今年のレディースクラスは、#1川井麻央(T.E.SPORT/ホンダ CRF150RⅡ)が全7戦中6勝を飾り、自身5度目のタイトル獲得を果たした。一方で、#6箕浦未夢(TEAM ITOMO/ホンダ CRF150RⅡ)や#8穗苅愛香(TOMOレーシング&美蔵withCONNECT/ヤマハ YZ85LW)、#12大久保梨子(KTM TOKAI RACING with ゆめチャンネル&331/KTM 85SX)、#10松木紗子(Yogibo PIRELLI MOUNTAINRIDERS/カワサキ KX85)ら若手の勢いも凄まじく、表彰台争いは拮抗する場面も多く見られたが、6勝という結果残した川井はまさに一強で、クラス内でも他を寄せ付けない存在である。
しかし、今シーズンを思い返した川井は「最後まで走りきれたことは奇跡だった」と振り返る。恩師との別れ、シーズン後半で負った怪我……、苦しみが多かったという一年を川井はどう乗り越えてきたのだろうか。
満身創痍で戦い続けた2025年

JMX Promotion:今年のシーズンを振り返って、率直にどんな一年でしたか。
川井:一言で表すのは難しい年でした。チャンピオン争いについては極端に競り合っている感覚はなかったので、そこに対する難しさはあまり感じていませんでした。ただ、それ以外の環境面、特に東福寺さんのこと(※1)が大きくて。モトクロスはメンタルの比重が大きい競技なので、「いつも通り」に持っていくのが難しい場面も多かったです。あらためて、チャンピオンを獲るのは簡単じゃないと感じました。
※1:全日本モトクロス選手権のレジェンドであり、川井選手が所属するチームT.E.SPORTの監督を務めた東福寺保雄氏が6月8日に逝去
JMX Promotion:シーズン序盤は東福寺さんと連絡を取り合っていたとか。
川井:開幕前の事前走行の頃にはすでに入院されていて、しばらく会えない状況が続いていました。病院も面会NGだったので、当時は電話で話すことが多かったです。開幕戦後にも電話で「勝ちました」と報告して、その後もレースの結果など連絡は取り合っていました。亡くなったのは第4戦の1週間前でした。生前に「自分がいなくなってもレースやチームは続けてほしい」とおっしゃっていて、その言葉があったので第4戦に出ないという選択肢はチーム全員、誰にもなかったと思います。
JMX Promotion:第4戦は精神的にも大きな局面だったのではないでしょうか。
川井:そうですね。気持ちの切り替えが全然できなくて、スタートのゲートに入る直前まで涙が止まりませんでした。また、天候の影響で練習走行と決勝での路面状況が大きく変わって、バイクのセットがまったく合いませんでした。
メカニックやスタッフのみんなでセッティングを詰めてくれて、ようやく戦える状態になって挑みましたが、東福寺さんがいたら一発で決めてくれたんだろうなとも思ってしまいました。本当に苦しかったです。

JMX Promotion:その状況の中でも勝利をつかみました。どのように受け止めていますか。
川井:コース自体も難しくて、実は序盤でジャンプを飛びすぎて着地で大きく転倒しそうになった場面がありました。飛んてすぐに飛びすぎたことに気付いたのですがもうどうにもできなくて、着地までの一瞬で「もう耐えるしかない」と覚悟を決めました。なんとか耐えてそのまま走り切ることができたんですが、あの瞬間は自分でもなんで耐えられたのかわからなくて、東福寺さんに支えてもらったような感覚でした。難しいコースと精神状態の中で勝てたのは、自分にとっても大きな意味があって、「どんなことが起きても自分は戦える」と思えるようになりました。あのレースが、今シーズン一番のターニングポイントだったと思います。
JMX Promotion: そこからインターバルに入って、第5戦はどんな気持ちで迎えたのでしょうか?
川井: インターバル期間は8月くらいから本格的に練習を再開しました。名阪スポーツランド(以下:名阪)は全日本モトクロス選手権が行われるコースで唯一勝てていない場所だったので、コースに通って乗り込みました。ただ、練習していても「これなら勝てる」という感覚はなかなか掴めなくて、良い日も悪い日もあり大会前は不安もありました。
JMX Promotion: かなり気合いが入っていたんですね。ただ、大会前には怪我をされたとか……。
川井: そうなんです。レースの一週間前にトレーニングしている最中、足を怪我をしてしまって。歩くのもきつくて、「これは無理かもしれない」と正直思いました。それでも、トレーナーの方が来てくれてテーピングでサポートしてくれたおかげでなんとか出場することができました。あのサポートがなければ走れていなかったと思います。
JMX Promotion: そんな中、決勝では見事に優勝を獲得しました。
川井: 乗れているという感覚は正直あまりなかったです。でもスタートもまずまず決まって、周りが飛んでいないジャンプを自分が飛んでいたというのもあって、徐々に差をつけて勝つことができました。唯一勝てていなかった名阪で勝てたのは、かなり嬉しかったです。
JMX Promotion:シーズン後半は最終戦まで各大会の開催期間が短かかったですよね。怪我が完治しないまま各大会に挑む、厳しい状況だったのではないでしょうか。
川井: そうですね。第5戦前に負った怪我がある治りきらない中、第6戦のフリー走行で激しく転倒してしまって、そのダメージが大きかったです。ヘルメットもダメになるほどで、頭は無事だったのですが、元々の怪我をさらに悪化させてしまいました。決勝前日に転倒したということもあり、「レースに出られないかもしれない」とまで思いました。
JMX Promotion: それでも決勝に出場していましたが、何があったのでしょう。
川井: トレーナーがテーピングで固めてくれましたが、正直ブーツを履くのも痛い状態でした。手も痛めていて、グローブをはめるのもしんどくて。決勝当日はタイムアタック予選だったので、3周だけ走って終えました。それでも3番手タイムを出すことができたので、「この怪我を負った状態でも走れるんだ」と思えて、気持ちを切り替えました。
JMX Promotion: 満身創痍ですね……。レース後のインタビューでもお話していましたが、そんな中でも決勝はかなり冷静に、レース展開を意識して走ったとか。
川井: スピードを乗せた追い上げはできないだろうという身体の状態だったので、「スタートで前に出るしかない」と思って集中しました。これが上手く決まってトップに立てましたが、途中で2番手の箕浦選手のペースの方が速いとわかったので、あえて前に行かせて、一周だけ様子を見ました。相手のペースやラインを見て、再び前に出ることはできたのですが、その後はとにかく我慢でした。痛みが強すぎて、”どう速く走るか”ではなく、ミスをしない・痛みが少ないラインを選ぶことを考えながら走っていました。これまでで一番考えながら走ったレースでしたね。痛みから気をそらすために他のこと(レースの展開作りや走り方)に意識を向けていたので、ある意味頭はすごく冷静でした。
JMX Promotion: その後、最終戦もかなり怪我の影響が大きかったですよね。
川井: 最終戦までは期間も短くて、怪我もあったので練習できないまま迎えました。久しぶりに乗ったのが土曜日の予選のマディコンディションで、コースレイアウトも変わっていたしジャンプも跳べるかどうか不安でした。
決勝もまともに走れたのは最初の3〜4周くらいで、そのあとは踏ん張れないし、路面のレールやギャップで手も痛くて思うように走れませんでした。勝てなかったのは悔しいですが、転ばずに走り切れただけでも良かったとも思います。あの身体の状態なら、走れなくてもおかしくなかったので。
JMX Promotion: 恩師との別れから始まり、後半は怪我に苦しむシーズン。そんな中でも最終戦以外優勝という圧倒的な結果で終えているのはさすがです。
川井: チャンピオンを獲ったシーズンでケガに苦しんだのは、今回が初めてです。今年は本当にしんどかったですし、正直「なんでこんなに上手くいったんだろう」と思うくらいで、奇跡かもしれないです。トレーナーのサポートや、これまで積み重ねてきたものが全てハマったシーズンだったとも感じています。怪我もありましたが、その中でも戦えていたので、今まで培ってきた実力や考え方が底上げされた証拠だと思います。
川井が思う、チャンピオンであることの意味

JMX Promotion: 振り返ると、これまでタイトルを獲得したシーズンは、最終戦でもチャンピオン争いが僅差になっているなど決して順調に手にしたわけではなかったと思います。
川井: そうですね。チャンピオン3回目くらいまでは、毎年ずっと競っていた印象です。コロナの影響もありましたし、「楽だったシーズン」なんて一度もなかったです。本当に毎年ギリギリで戦ってきた感じです。
JMX Promotion: ただ、今回で5回目のチャンピオン獲得。クラスの中でも圧倒的な存在感で、川井選手=強い・女王などと言われることが多いと思います。ご自身としてはどう感じていますか。
川井: 強く見えるだけです(苦笑)。全然余裕なんてなくて、レース前はかなり緊張するタイプです。
JMX Promotion: その緊張はどのように乗り越えているのですか。
川井: 音楽を聴いて気持ちを集中させています。音楽を聴き始めることでレースへのスイッチを入れているので、集中力を高めるきっかけでもあり、「もうレースが始まる」と自分を鼓舞する時間でもあります。その分、同時に緊張も強くなるんですけど、それも含めて必要な時間ですね。

JMX Promotion: ご自身にとってチャンピオンはどのような意味を持っていますか?
川井: 一度チャンピオンを獲ってからは、次の年も「チャンピオン以外は求められていない」と感じています。「(チャンピオンを獲ることは)余裕でしょ?」と言われることもありますが、毎回簡単にチャンピオンを獲れるスポーツではないと実感しています。
JMX Promotion: だからこそチャンピオンであり続けること、優勝することに価値を感じているのですね。
川井: はい。 2番じゃ意味がないですし、「チャンピオンです」と言えるのはかっこいいです。「勝って当たり前」という立場になるのは楽ではないですが、これはチャンピオンを獲得した人の使命だと思って続けています。
JMX Promotion: 最近は若手ライダーも増えていますが、彼女たちの勢いをどう感じていますか?
川井: 「勝てない」と思ったことはないですが、「余裕で勝てる」とも思っていません。相手がいた方が緊張感もありますし、勝てた時の嬉しさも違います。淡々と勝つより、競って勝つ方が気持ちが強くなりますね。
JMX Promotion: それでも、「勝つことの難しさ」は常に意識しているのですね。
川井: 初めて勝った年から、次に優勝するまでに3年かかりました。それを経験しているので、「勝つのは本当に難しい」と身に沁みています。だからこそ、自分がレディースクラスに出場している間は、ライバルに簡単には勝たせないという気持ちで走っています。
2026年に向けて
JMX Promotion:来シーズンの目標について教えてください。
川井:来年もレディースクラスに出場する予定です。もちろん勝ちたいし、チャンピオンを獲りたい。そのために、シーズンオフには足の怪我の手術を決めました。ちゃんと治して勝つ準備をして、2026年に挑みます。最終戦も最後に勝つことができず悔しかったので、見とけよ、と気持ちは燃えてます。
